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ダム湖に沈んだ集落跡から大杉国見山 (画像サイズ: 512×384 42kB)

 宮川ダム(1957年完成)ができる前、それも古ぅ〜い!大正2年大日本帝国陸地測量部発行の「大台ケ原山」(1/5万)地形図をじーぃっと見てた。
そうか、大杉の集落は宮川の左岸に元はあったんだ。そうしてその集落から伸びる東尾根を通り国見山山頂への道がその地図には描かれてあった!
 大杉国見山への登山道は、仲西政一郎さんがエアリアマップをやられてた頃の「大台ヶ原・大杉谷」では、大和谷の地池谷出合いから北尾根に破線の登山道が描かれていた。しかし大和谷発電所ができてからは、大和谷発電所手前の谷から鉄塔巡視路を巡り、1019Pから東尾根を辿り山頂を目指すルートが使われているようだ。

 古い大正時代の地図といまの宮川ダム湖のある地図を見較べ、先週に続いてこの山域に入って山頂を踏みました(^^)

【行き先】 台高 大杉国見山
【日 時】 11/20 2005
【天 候】 晴天
【コ-ス】 大和谷銀橋南詰の林道(6:50)-湖畔道-大杉嘉見集落跡(7:45)-東尾根稜線(8:25)-781.8三角点(9:05)-鉄塔no7[902m](9:25)-1021P[鉄塔no6](9:40)-1184P(10:25)-大杉国見山(11:00着,12:40発)-1021P(13:55)-巡視路分岐[凡そ850m](14:15)-大和谷林道(15:15)

 わたしにとっては珍しく早起きができ、歩き出したのは7時前、エライっ!って迎えてくれるのは大和谷対岸で鳴く猿の声。ダムから軽トラの音と犬の鳴き声、軽トラと犬の鳴き声が銀橋を渡らず垣外俣林道に進んでいくのを確認して、ダム湖畔のハイキング道に入る。ダム湖に休んでいる水鳥を驚かせ、その羽音に驚きながら行くと今度は猿を愕かせてしまう。猿が駆け上った山の斜面からは石がゴロゴロ…。こんなの抱かえてダム湖に沈みたくないので一服。
 ダムを正面に見、現在の大杉集落を見て回り込んだ南斜面が、ダム湖から石積みが植林の山に広がる大杉嘉見集落跡だ。先週は地図を読み間違えこの集落跡を通り越して、ひぃひぃ云いながら1019Pへ出たのだけど、わたしだって学習したもんね(^^)v。
 集落跡のきれいに間伐された植林山にソマ道がある、この道なのだ、昔の地形図に描かれていたのは!少し行くと三叉路、これは右。しばらく行くと植林の中のダイラ、この辺りから尾根に上がる道があるのだが無いのでそのままソマ道に沿って行くも尾根に上がりそうな道は無いので、戻って昔の地形図に沿った植林と自然林の間を尾根に登る。尾根には道らしい道はないが特にヤブ漕ぎせずとも781.8の山角点に到達。そこを少し登れば、大和谷銀橋西から登ってきている鉄塔no7の巡視路に出遭う。ここからは自然林の尾根道逍遥。しばらく登れば、父ヶ谷方向への鉄塔巡視路に出遭う。
 no7の鉄塔からは、古ヶ丸から白倉山の特異な山容、ウグイノ高の重量感溢れる山容が見れ、父ヶ谷の鎌滝だろう白い飛沫が立っている。no6鉄塔・1019P、ここ大和発電所巡視路の三叉路には、古い熊檻。ここからは尾根沿いにも登山テープのマーキングが続く。木々の下部辺りには僅かだが残雪がある。
ゆったり尾根筋歩きは、大木は少ないが、木々の間にみれる大台方面、池木屋山東尾根の山々を見たり、コメツガ・トガサワラ・コウヤマキ(ヤセ尾根でないところに育つのは、公園樹のようだ)やら見て飽きない。
 そういった風景も1184Pから少し西に行くと風景が一変する。父ヶ谷から国見山に抜ける鎌(釜)ヶ谷の切り立った水域は皆伐で土砂が流れ、岩肌と白くなった切り株と鞍部にはシダやヒメシャラなどの若木が育ち始めている。ここからの稜線は、岩が剥き出しになったガレ場を国見山山頂を目指す。大台ヶ原が白いのは霧氷だろう。大峰の峰々が広がり、ピラミダルな山頂を見せているのは白髭だろう。
 熊野灘、大台、大峰が見える伐採場の山頂でザックを置き、ウロウロ…、台高主稜線はあれだろう、けど入り組んでいて山名はよくわからない。ポカポカのインディアンサマーまどろんでしまいそう。
 国見山山頂は、樹木の中、岩がいくつか積み重なった山頂。岩に登れば池木屋山から伸びる台高主稜線も見渡せ、千里峰や赤ゾレ山のピークも見渡せる。

 よっしゃ、昼寝しようと思って横たわって時計を見たらビックリ!もう一時間以上ここにいたのだ!昼食とウロウロしてたらいつの間にか思はぬ時間が経ってしまたようだ。そそくさと後片付けして、名残惜しく来た東尾根を辿る。no7鉄塔から巡視路を辿り、植林ばかりだが、昨年の豪雨にも特に道はそれほど被害を受けていない道をつたって銀橋の西の林道に降りる。この道が大杉国見山に登るには、最速でいま最も安定している道だろうな、面白み無いけど(^^;

 画像は、東尾根の稜線から。左の三角はウグイの高、右の稜線上のまだまだ奥が大杉国見山。

2005/11/24(Thu) 23:49:02  [No.1023]


  Re: ダム湖に沈んだ集落跡から大杉国見山 投稿者:とっちゃん(こと)

zippさん、こんばんわ〜(*^_^*)


台高は、zippさんのホームグラウンドなんですか?いっぱい情報も持ってはって、とても詳しいですね。

自分があれこれ情報を集めて、行ってみたい所へいけるのは、とっても嬉しいことですね〜。

昔の道を探るのは、新しいことに逢う喜びがあっていいです。


頂上のお昼寝は、大好きで、昔??は毎回頂上でお昼寝してました。陽気のいい日のお昼寝はとっても気持ちいいですね。最近は、そう言えばちっとも、してなかったです。

もぐらもちさんと、千種越えの取材山行、ご一緒させてもらったので、時々HP訪問させてもらってます。なかなか、書き込みまでできてませんが。

次回も、経験豊富なレポ、また楽しみにしています。

2005/11/25(Fri) 20:35:19  [No.1032]


 とっちゃん、こんばんわ〜。ハンドルよく拝見しています。
よろしくお願いしますね

> 台高は、zippさんのホームグラウンドなんですか?
 いえいえ、台高には色々教えにを乞いに参ってます(^^)
わたしのホームグランドと云えば云えるかも?ってとこは、熊野灘の海辺の某所だけ(^^;

> 頂上のお昼寝は、大好きで、昔??は毎回頂上でお昼寝してました。陽気のいい日のお昼寝はとっても気持ちいいですね。最近は、そう言えばちっとも、してなかったです。
 この日は早く起きられたので、山での昼寝の時間があるかと思ったのですが、山頂でいつの間にか時間経っちゃって昼寝でけへんだんです。

> 次回も、経験豊富なレポ、また楽しみにしています。
 これが、経験豊富じゃないんです(汗;
また書かせて頂きますね〜。

2005/11/25(Fri) 22:34:43  [No.1041]


zippさん、こんばんは。
もぐらもちさんの掲示板で前回のレポ拝見しました。
早速のリベンジでしたね。(^_^)

>  宮川ダム(1957年完成)ができる前、それも古ぅ〜い!大正2年大日本帝国陸地測量部発行の「大台ケ原山」(1/5万)地形図をじーぃっと見てた。

どこで手に入れたのですか?

> そうか、大杉の集落は宮川の左岸に元はあったんだ。そうしてその集落から伸びる東尾根を通り国見山山頂への道がその地図には描かれてあった!

私の持っている1966年発行の日地出版の地図にもその道は書かれています。

>しかし大和谷発電所ができてからは、大和谷発電所手前の谷から鉄塔巡視路を巡り、1019Pから東尾根を辿り山頂を目指すルートが使われているようだ。

この道は知っているのですが、なにか安易な気がして三之公から2回挑戦しましたが、いずれも目前で挫折しました。

そのうち二番煎じで訪れてみます。

                      山日和

2005/11/25(Fri) 21:08:12  [No.1038]


Re: ダム湖に沈んだ集落跡から大杉国見山 (画像サイズ: 640×480 27kB)

こんばんは、山日和さん。

> もぐらもちさんの掲示板で前回のレポ拝見しました。
> 早速のリベンジでしたね。(^_^)
 前回はちょっと安易でした。まぁ様子見程度の気持ちで山に入ったから…(←負け惜しみ?)

> どこで手に入れたのですか?
 昔の地形図は、全て揃っているわけではないですが、三重県立図書館で入手しましたヨ。

> 私の持っている1966年発行の日地出版の地図にもその道は書かれています。
 うん、もぐらもちさんも日地の地図には載っていると云われててへぇ!と思ったのでした。
この道、昔使われていた道なんでしょうね。しかしその面影は見つけられませんでした。

> この道は知っているのですが、なにか安易な気がして三之公から2回挑戦しましたが、いずれも目前で挫折しました。
 大和発電所方面への鉄塔巡視路は、安易ではあるんですが、沢・ーや自然林の中興味深い道のように思われました(先週に辿ったんです)。 ただこの道、昨年の台風で登山口周辺他崩壊してます。
 大和谷銀橋を渡って少し行ったところの「no7鉄塔巡視路」がもっとも早く山頂に達する道なのにこの道が登山道として使われていないのは不思議です。

 日帰りで山ノ神から国見山までというのは、早起きができないわたしには夢のような話ですね。
途中林道が横切るからモチベーションも下がりそうでもあります。
 山ノ神方面の画像です。

2005/11/25(Fri) 22:56:35  [No.1043]


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