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  八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)
八十路から明日へ (画像サイズ: 640×480 133kB)

八十路から明日へ・・・奥村さん1000回記念山行・(100回目の御在所岳)

絵地図の奥村さんと言えば鈴鹿では周知の人である。
杣人さんとの出会いから縁あって奥村さん1000回記念登山にご一緒させていただくことになった。人の出会いとは人生で一番の不思議であると思う。

山もまた、不思議との出会いである。

奥村さんの「鈴鹿の山を歩けば・・秘密」にも語られている。

「知らない山に入って 
驚く偶然の秘密に出会う事もあれば 
秘密を求めて探索しても 
出会うことが無い場合もある 
山の秘密は
山の道無きルートをたどって 
偶然に出会うことが多い」

まさしく人生の出会いと同じである。

何かを求めながら、何かと出会う。出会う瞬間は偶然でありながら、求める心がその偶然をよぶとも言える。それはまた必然の出会いであるのかもしれない。

出会えることも出会えぬこともまた良し。山に出会えたことの喜び、人に出会えた幸せも悲しみも、巡る季節の一幕である。

出会えたことを大切にしたい。たとえ、慣れ親しんだとしても、大事にしたい思いは温め続けていたいものだ。

今回、3度目の山をご一緒させていただく奥村さんの人生を私は知らない。絵地図の中に見る素朴な味わいの絵と温かな感性のある言葉に、奥村さんを垣間見る。

八十一歳にして、矍鑠とした気力と体力は誰もが認めるところである。あれだけのエネルギーはいったいどこからやってくのだろうか。考えてみればあの詳細な絵地図を生んだ人である。あの絵地図を作るにはどれだけのエネルギーが必要かを思う時、今の奥村さんの姿がかくあることが頷けるのだ。

紅い帽子をかぶった奥村さんに、5,000分の一の青刷の大きな御在所の絵地図や今まで登られた山の記録等を一人一人にいただく。

家でその地図を広げてみれば畳一丈ほどもあり、こうしてこつこつと歩いた山を地図におとしてこられたことの地道な地図作りへの情熱が伝わってくる。

ひとつひとつの書き込みが、すべて思い出深い年輪のようなものではないかと思えた。

人それぞれにこの地図との出会いがあり、奥村さんの地図を片手に山々を歩かれた方もあれば、この地図との出会いで新たなルートに導かれた方もあるだろう。

未知の探索を望む方ならば、まず自ら山に入って山を辿り、後の楽しみとしてこの絵地図を眺められたかもしれない。

9:30集合、その時間が今日一日をのんびりと楽しもうという気分にさせてくれる。ケイコクさんご一家の三歳のぼうやは、愛らしく、奥村さんにしてみれば曾孫と同じ存在である。

ケイコクさんが今日彼をつれてこられたのは、誰もが認める八十路にして健康でエネルギッシュな奥村さんにあやかるためだとか。そんな気持ちも嬉しい今日である。

今日の日の世話役の一人、長谷さん先頭に歩き出す。御在所岳は40年ぶりだという杣人さん、仕事から引退後自由気ままな山歩きを楽しまれている緑水さん、それぞれに昔懐かしい会話が弾む。

本谷を眺めながら涼風に吹かれて登りの尾根で一服をする。何気ないひと時に、心が触れ合っていくのだ。

花崗岩の岩に立って御在所岳の山頂を望めば、新緑を纏った本谷の空間が足元に広がり、なんとも開放的な気分になる。

イワカガミの花がちらほら、今の季節花は少ないのだろう。しかし、花博士のマンテマさんは、一見地味な花を瞬時に見つけられる。ナンキンナナカマドの蕾みがあったのだそうである。

葉柄の基部には大きな托葉があるのがキンナナカマドの特長だと、マンテマさんに教えていただく。ほんとうに蝶のような托葉があり、それを知ればとても見分けやすい。

「なぜ南京なのかな?」と話していたことを思い出してインターネットで調べてみると、小さいものに付ける名前がナンキン(南京)であると書いてあった。たしかに、普通のナナカマドより華奢な風情があったなぁ。

中道の象徴的なポイントの一つ大きな花崗岩が重なる負レ石。この石を眺めながら三度目の休憩をする。やまぼうしさんがオレンジをふるまわれ皆さんの渇いた喉を潤してくれた。

次の地蔵岩もまた、サイコロを載せたような姿に何度見ても不思議を感じる。眼下にキレットを望みながら四度の休憩。のんびりと歩く中道は展望の道である。

キレットへの下りもなんのその、終始矍鑠と歩かれる奥村さん。ストックを持つことも無く、終始前方のグループを歩かれている。ターミネーター、ケイコクさんは片腕で子供さんを抱えてキレットを下る。

イワカガミの花を愛で、ウスギヨウラクを仰ぎ、ハルリンドウ(タテヤマリンドウ)を見つけては、ゆっくりゆるりと後方グループを歩く。杣人さんは、出会う花に喜びを伝えるようにカメラを向けておられる。

タテヤマリンドウとハルリンドウの見分けは難しいらしく、御在所のこの中道に咲くのはどちらなのがろう。。

樹林を抜けて岩の上に出ると「あっ、青い鳥」っと、ケイコクさん。その指の先を見れば、真近かにオオルリの姿があった。ここで、国見尾根のユルギ岩を眺めながら小休止。草餅を食べる。

今日、姿が見えないナッキーさんのことがどうしても気になりメールをすると、なっきーさんから携帯に電話がかかった。おりしも岩場のトラバースで、電話にでることが出来ない。

足元の安全なところから、折り返し電話を入れると下山の時間に出会えるように行こうと思うとの返事であった。おおよその時間を言いながら、下山地でなっきーさんの顔がみられるのが楽しみだった。

石峰をトラバースするあたりからタテヤマリンドウが日の光を浴びてルリ色の宝石のように咲き零れていた。

足の速い奥村さんの姿が、もうすでにその先の岩の上部を登っていかれるのが見える。若い頃は、どんなに歩きが早かったのか想像できる。

この岩棚からの展望はまたお気に入りの場所である。紅葉の時も、アカヤシオの時もここからの眺めは素晴らしい。今年は、花をほとんどつけないシロヤシオの花が岩のすぐそばに咲いていた。

「あれはアカヤシオの花?」っと、まだ一度もその花を見たことがないという杣人さんが、遥か眼下の散花の一輪を指差して聞かれるが、残念ながら遠目にはケイコクさんにも私にも判別できなかった。

今ここに、ちんたら仲間のたえちゃんが今日はおられないのが残念で、「たえちゃん、どうしたのかな?」と聞くが杣人さんも知らないという。

後日、自宅のパソコンのメールを開いてみると、なんと山行の前日にたえちゃんからのメールが来ていたのだ。参加できなくて残念でたまらない、たえちゃんの気持ちがメールの文字にあふれていた。

登山道脇にはタテヤマリンドウの花が次々と咲き、チゴユリの花がぽつぽつと俯いて咲いていた。小さな花達が足元で奥村さんの記念山行きを祝ってくれているようで嬉しかった。

登りきると遊歩道に出る。展望の岩から朝陽台に向かう遊歩道の傍にはチゴユリやツクバネソウの小さな群落があった。

山頂で昼食の予定であったが、すでに12時半も過ぎているので、朝陽台でさんさんごご昼食をとることになった。青山さんご夫婦がガスコンロと沢山の焼き鳥を持ち上げて下さって焼いてくださった。香ばしい焼き鳥を美味しくいただき皆で感謝した。

世話人の杣人さんが準備してきてくださった文字を一枚ずつつなげて持って1000回記念山行の記念写真を写した。皆の笑顔がまぶしい。後日、ハリマオさんの指摘によると、ここで回の字を持っていた私は、確かにその字を90度回転させて持っていたのであった。あら〜ちっとも気がつかなんだ。ゆるしてくだされ。

山頂への階段の両側には、チゴユリが群れ咲いていた。長谷さんは、チゴユリのおくゆかしき姿が大好きとのこと、「御在所岳にこんなにあるとは知らなんだ〜。」と感嘆の声。
そんな花好きの長谷さんの花の写真もまた幻想的で素晴らしい。

山頂で再び記念写真を写してから、表道をくだる。何回か御在所岳に登っていながら表道を歩くのは、今日が始めての私である。

表道は淡々とした掘割の道である。ミツバツツジの咲くあたりで、東多古知谷を横切る。奥村さんは、ここを間違って下る人があって危険だったと教えてくださった。

このコースは、百間滝が見られるのが楽しみの道である。白に近いイワカガミもあり濃いピンクもある。花の横顔が好きだという杣人さんと岩に咲くイワカガミを写しながら下る。月に一度好きな詩を持ち寄って音読する会を持っているという杣人さんと人生の豊かさを語りながら。

見上げる枝にサラサドウダンが咲いていた。「登りではヨウラクツツジ、下りではドウダンツツジ、まぜこじゃにすれば、ドウラクツツジやな〜。」なんておふざけを言いながら杣人さんとちんたら歩く。

百間滝はさすがに見ごたえにある滝である。緑水さんは東多古知谷を遡行したことがあるそうで、滝は左岸から尾根沿いに巻くそうである。こんな景色を見ると、やっぱり私も一度歩いてみたくなる。

滝の落ち口から見る鎌ガ岳の雄姿は素晴らしいと聞いた。肩を痛めて今日は来られていない通風山さんは百間滝を登られたのだ。なんともすごい。

隊長の足は回復しただろうか。通風山さんも私も骨折した。ちょっとした拍子に何が起こるか分からないのが山の危険である。長年に渡り安全登山をされてきた奥村さんは、自らをいましめ注意を怠らず歩かれてきたのだろう。

百間滝展望台の傍にあるスノキの葉をかんでみる。そのすっぱさは、幼い頃の里山遊びの味である。あの頃は、野に山にある恵みを味わった時代だった。

表登山道は、やがてドライブウエイを横切り、表道分岐、三口谷分岐と越えてなっきーさんの待つ駐車場へとくだった。

花束を贈るなっきーさんには、今は無き父の姿が重なって見えたのだろう。
なっきーさんの奥村さんへの心から溢れるお祝いの気持ちが、その場に居合わせたみんなの心まで温かくして嬉しい気持ちにしてくれた。

奥村さんはどんな彩をもってこれからの八十路を歩かれていかれるのだろう。奥村さんの満面の笑顔のそばで、今日という日に、ここにいることの不思議さをかみしめていた。


2006年5月28日
奥村さん1000回(御在所岳100回)登山記念山行・・・公開登山
晴れ後曇り
世話人・・・杣人さん・長谷川さん・ケイコクさん・ハリマオさん
参加者・・・奥村さん、緑水さん、杣人さん、長谷川さん、ケイコクさんご一家、ハリマオさん、たろぼうさん、後藤さん、三太夫さん、○○さん、万手麻さん、養老の三角点Gさん、石垣さんご夫婦、やまぼうしさん、旅人さん、panaちゃん、なっきーさん、とっちゃん
(私事で残念ながら参加できなかった方々も、気持ちは一緒に歩いていました。)

2006/06/14(Wed) 03:11:05  [No.2851]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:SHIGEKI

こんばんは ハリさんのHPで 見ました。
すばらしい絵地図、お世話になりました。
81才で御健脚、と言うことは、あと30ん年、山歩ける・・
希望の星ですねぇ
体力、気力衰退気味やけど、まだまだこれからやねぇ

元気貰いました。
  SHIGEKI

2006/06/14(Wed) 19:20:15  [No.2855]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

SHIGEKIさん、こんばんは〜。(*^_^*)

> すばらしい絵地図、お世話になりました。

なんだか絵地図も思い出深いですね〜。

奥村さんの絵地図は、誰もが始めて見た時は、びっくりしたでしょうね。

> 81才で御健脚、と言うことは、あと30ん年、山歩ける・・
> 希望の星ですねぇ

奥村さんなら100歳でも健脚かもしれないよ。SHIGEKIさんも、それからいくとまだ半分もあるよ〜。(*^_^*)

> 体力、気力衰退気味やけど、まだまだこれからやねぇ
> 元気貰いました。

お出会いすると、ほんま元気もらいます。先達が、かくしゃくとして歩いてくださってるのは、心強いことです。

2006/06/15(Thu) 22:14:04  [No.2873]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:山日和

とっちゃん、こんばんは。
奥村さんはお会いしたこともなく写真で知るのみですが、80才を越えてもなお現役で
しかも普通に歩かれるというのですから驚きです。
女性だけの山岳会「エーデルワイスクラブ」の坂倉登喜子さんを思い出しました。
こうやって皆さんに祝ってもらえるというのは奥村さんのお人柄ゆえなのでしょう。
SHIGEKIさんと同級生の私もあと30うん年は大丈夫ということやね。(^_^)

                 山日和

2006/06/14(Wed) 21:11:53  [No.2856]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

山さん、こんばんは〜。(*^_^*)

> 奥村さんはお会いしたこともなく写真で知るのみですが、80才を越えてもなお現役で
> しかも普通に歩かれるというのですから驚きです。

そうだよ〜。こちらは二本のストックでよたよたおいてけぼりで歩いてるのに、しゃんしゃんと先頭集団、おそれいりました。

> 女性だけの山岳会「エーデルワイスクラブ」の坂倉登喜子さんを思い出しました。

そんな山岳会があるんですか?すごい方は世の中にいっぱいいらっしゃるんですね。

でも、私はその集団では失格やなぁ〜。おばちゃんが一番怖いのです〜。あんたもおばちゃんやないかって?。そやねけど、おばちゃんほど怖い生き物には出会ったことがないんです〜。(@_@)

> こうやって皆さんに祝ってもらえるというのは奥村さんのお人柄ゆえなのでしょう。

ほんま、それはそう思います。人徳だなぁと思ってます。まわりの者がそうしたいって思えるんですものね。

> SHIGEKIさんと同級生の私もあと30うん年は大丈夫ということやね。(^_^)

やまさんも、まだ半分やねから先長が〜〜〜く、いい山あるきしてね。
>
>                  山日和

2006/06/15(Thu) 22:21:15  [No.2875]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:伊勢山上住人  URL

とっちゃん(こと)さん、こんばんわ〜。

ほんま久しぶりの「とっちゃん(こと)さんワールド」
待ちわびました。

山日和さんまでが「森の精」なんて言い出すモンだから、
なおの事、恋しかったです。

> 絵地図の奥村さんと言えば鈴鹿では周知の人である。

御免なさい。絵地図の話題は前にも出ていましたが、
奥村さんの事は始めて知りました。
私の親父と同い年かな。すごい脚力です。
(親父は家の周りの散歩しか出来ません)

> 人の出会いとは人生で一番の不思議であると思う。
> 山もまた、不思議との出会いである。

ドジッてばかりいますが、大切にしたいと思います。

> 求める心がその偶然をよぶとも言える。

哲学ですなぁ。
与えられるのを待っていたらニートになっちゃうよね。

> 何気ないひと時に、心が触れ合っていくのだ。

とっちゃん(こと)さんの宝物がまた1つ増えたね。

                          伊勢山上住人

2006/06/14(Wed) 22:05:33  [No.2860]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

伊勢さん、こんばんは〜。(*^_^*)


> ほんま久しぶりの「とっちゃん(こと)さんワールド」
> 待ちわびました。

ほぼ3ケ月のわたるスランプ。コンスタントに文が書ける皆さんがうらやましいです〜。スランプの時は、レスさえ書くのが困難になっちゃいます。

> 山日和さんまでが「森の精」なんて言い出すモンだから、
> なおの事、恋しかったです。

伊勢さんのその時の山さんへのコメント笑っちゃいました(^_-)-☆


> 御免なさい。絵地図の話題は前にも出ていましたが、
> 奥村さんの事は始めて知りました。

そうでしたか?口コミで人伝いに広がっているので、そういう出会いがないと知らないままなのかもしれません。

> 私の親父と同い年かな。すごい脚力です。
> (親父は家の周りの散歩しか出来ません)

伊勢さんのお父様よりちょっと年下の、私の父もあまり歩こうとしません。奥村さんにあやかりた〜いです。


> とっちゃん(こと)さんの宝物がまた1つ増えたね。

ほんま、自分ってちっちゃな存在なのに、出会いは自分を違う世界に道びいてくれたり、豊かにしてくれます。とっても、ありがたいです。

2006/06/15(Thu) 22:30:17  [No.2876]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:通風山

とっちゃん、こんばんは

御在所は中道〜表道だったのかな。都合で参加できず、ほんとに残念でした。
奥村さんの歳までなんとか歩きたいものですね。
尾根道を行く時、山すそから吹き上がってくる風に眼を細めて
はるか遠景を見つめる、そんな奥村さんを想像してしまいました。

ハリさんところで画像見ましたよ。今度またお誘いください。

東多古知谷のぞきましたか、あの谷は3,4回遡行しています。
百間滝はチョンボ登りです(安全第一の秘策です)今度種明かししますわ。
ホント気温が上がってくると水が恋しいですねぇ。

2006/06/15(Thu) 19:50:04  [No.2865]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

通さん、こんばんは〜。(*^_^*)

> 御在所は中道〜表道だったのかな。都合で参加できず、ほんとに残念でした。

通さん、くるかなって思ってましたが、何事も無理は禁物、またご一緒しましょうね。

> 奥村さんの歳までなんとか歩きたいものですね。

西穂高に行った時は70歳のおばあさんが、80歳まで歩きたいって言ってはりました。
友人は薬師岳で80歳のご夫婦に出会ったと言っていましたよ。

通さんも、今は50肩?40肩?で中断中やけど、考えてみたら、この先いっぱい時間あるよ〜。
沢は、何歳でも登れるかな?70歳くらいのおじいさんが、比良の白滝谷登ってはりました。

> 尾根道を行く時、山すそから吹き上がってくる風に眼を細めて
> はるか遠景を見つめる、そんな奥村さんを想像してしまいました。

新緑が綺麗でした。登山道からスカイラインに上がる所で最後尾の、杣人さん・ケイコクさん・私の三人を待っていてくださいました。思いやりのある方です。

> ハリさんところで画像見ましたよ。今度またお誘いください。

ハリさんはいつも、さりげなくお世話役してくださっていつも感謝しています。
2・3年前?は冬の藤内沢やったけど、今度は冬の本谷一緒に登りましょうか。

> 東多古知谷のぞきましたか、あの谷は3,4回遡行しています。
> 百間滝はチョンボ登りです(安全第一の秘策です)今度種明かししますわ。

上部には御在所の色んな施設があるので、なんだか水がどないやろ?って思うと、登る気がしなかったんですが、滝を見てみるとなんだか行きたくなっちゃったりして。
「チョンボ登り」??めちゃ感心あります。種あかし楽しみ〜。

> ホント気温が上がってくると水が恋しいですねぇ。

これからの季節、通さんちょっと辛いね。通さんも、あと50年歩いてね〜・。

2006/06/15(Thu) 22:48:43  [No.2877]


 奥村さんの画地図。
 実はわたしも、持ってます、友人から頂きました(^^)

 凄いですよね!この地図!!
地図を見てたら何時間も遊べるわたしは嵌りました(^^;
酒屋さんが、しっかりどの地図にも(?)にも記載されているのが好感もてたりもしましたっけ(^^; 
 それとわたしの小さい頃から遊んだ山もその画地図に載っていてビックリもしました。

 奥村さんの画地図見て、いいなぁいいなぁと溜息ばかり・・・、山の案内以前に、線とか文字とかに思いが込まれた画地図は素敵です。

2006/06/16(Fri) 00:26:13  [No.2880]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

zipさん、こんにちは〜。(*^_^*)


>  凄いですよね!この地図!!
> 地図を見てたら何時間も遊べるわたしは嵌りました(^^;

そうですね〜。こんなのを作ろうとしたら丁寧に歩いて丁寧にメモをとり歩かないと。そして地図におとす情熱もすばらしいですね。たいがいの人間は、そんなことできません。私のような、いいかげんで、山日記さえ調子がいいときしか書けない人間とは大違い(@_@)

> 酒屋さんが、しっかりどの地図にも(?)にも記載されているのが好感もてたりもしましたっけ(^^;

あらら、そうでしたか〜(@^^)/~~~ ZIPさんも、ぐい〜っと一杯お好きなんですね。

>  それとわたしの小さい頃から遊んだ山もその画地図に載っていてビックリもしました。

そういうのって嬉しいですね〜。

台高版、ZIP流絵地図なんかどうですか?。ZIPさんならできそうな気がするんだけど。

>  奥村さんの画地図見て、いいなぁいいなぁと溜息ばかり・・・、山の案内以前に、線とか文字とかに思いが込まれた画地図は素敵です。

そう思われますか。ほんま、何であっても、その人柄は滲み出るもんだと思います。温かさを感じますね。(*^_^*)

台高はまだまだ、私にとっても未知の山々、ZIPさんまた色々教えてくださいね。ご一緒できる機会を楽しみにしています。

今回は鈴鹿竜ケ岳でのオフ会が企画されました。ぜひぜひご参加くださいね。
台高でのオフ会もまたあるといいなぁ〜。

2006/06/18(Sun) 11:43:12  [No.2903]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:なっきい

登山に参加できなかったけど「もってけドロボー写真展」と、とっちゃんの日記で、あの日の様子がとても良く分かりました。

>後日、ハリマオさんの指摘によると、ここで回の字を持っていた私は、確かにその字を90度回転させて持っていたのであった。

改めて写真見直したわ〜。
何時も静かで控えめのとっちゃんだけに、愛敬あっていいねぇー

>花束を贈るなっきーさんには、今は無き父の姿が重なって見えたのだろう。

再び 胸キュン、涙が出そうになったよー

2006/06/19(Mon) 20:55:31  [No.2925]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:伊勢山上住人  URL

なっきいさん、こんばんは。初めまして。

新参者のガサツな、引っ掻き回し屋です。
しっとりしたいい話に乱入、お許しあれ。

> 何時も静かで控えめのとっちゃんだけに、愛敬あっていいねぇー

本心ですか?
私には「突撃娘」のイメージしかないのですが。

(出てくるな! ぼけ!)
スンマセン。引っ込みます。      伊勢山上住人

2006/06/19(Mon) 22:55:17  [No.2939]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:なっきい  URL

> なっきいさん、こんばんは。初めまして。

伊勢山上住人さん、はじめまして。

> 新参者のガサツな、引っ掻き回し屋です。
> しっとりしたいい話に乱入、お許しあれ。

あれれ、どーいたしまして。


> > 何時も静かで控えめのとっちゃんだけに、愛敬あっていいねぇー
>
> 本心ですか?

お上手は言えないなっきいです。
本心ですがね〜!

> 私には「突撃娘」のイメージしかないのですが。

あっ、そうだ、そんな部分もあるかも(笑)
これからも、よろしくお願いします<(_ _)>

2006/06/20(Tue) 22:05:26  [No.2946]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

なっきーさん、あの日はお出会いできて嬉しかったです。

> 登山に参加できなかったけど「もってけドロボー写真展」と、とっちゃんの日記で、あの日の様子がとても良く分かりました。

一緒に歩けたら、もっとよかったけど。

> 改めて写真見直したわ〜。
> 何時も静かで控えめのとっちゃんだけに、愛敬あっていいねぇー

こういう、ヘボは天然もので困ったもんです〜。

> >花束を贈るなっきーさんには、今は無き父の姿が重なって見えたのだろう。

> 再び 胸キュン、涙が出そうになったよー

あの花束は、皆が、何かしたいと思いながら何だたっけと思っていたことだったよ。
あ〜これだったんだ、こうしてお祝いあいたかったんだって、花束渡すなっきーさんに感謝しちゃった。

2006/06/19(Mon) 22:55:19  [No.2940]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:御池杣人

「八十路から明日へ」ーーこのタイトルからして響く。僕は五十路をどう終えて明日へむかっていくか。このタイトルの内包が僕にもこんなことを考えさせる。

「杣人さんとの出会いから縁あって奥村さん1000回記念登山にご一緒させていただくことになった。人の出会いとは人生で一番の不思議であると思う。」

なにをきっかけでのとっちゃんとの出会いであったか、忘れてしまった。忘れてしまったが意味ある出会いができうれし。僕の道楽本がからんでいることは確か。
僕が奥村氏と出会ったのはあの絵地図を入手でき、何度も何度もその世界に没入したとき。その密度、精緻さのみならず、氏の山道の途上での思いが絵地図に躍動しており、一度こんな地図を制作しておられる方に会ってみたいと心底思ったときだった。
それはまた不思議なことに、ちょうど僕が御池岳の池を探してみたいとこれまた本気で考えるようになった頃だった。
氏と飲みながら、鈴鹿の山々の話、絵地図作成の話、御池岳について当時氏が把握しておられた諸点を教えていただき、「池探しを大いなるファイトでやりなさい」と励ましを受けた。だから池探しに弾みをつけていただいたことになる。しかし、それを文に書くことなどまったく考えもしなかったこと。(いまいろんな通信やHPでみなが文を書き、それを交流することはすごいことといわねばならぬ)
阿下喜の歌人「四季湧水の君」を紹介いただき、勢いでお目にかかりにいき、「御池について誰も書いていないから、あなたが書きなさい」とアドバイスだったか厳命だったかこれもあやふやになってしまったけれど、書き始め、あの道楽本3部作になっていった。しかし、当初はどんな文体で書いていっていいかわからず、自己のスタイルが確立するまで試行錯誤。だから『風物語』の冒頭は手紙形式で書いている。書き出しは「奥村光信様」ではじまっているのはそんなわけ。
毎回、僕の山行きをまとめて氏と阿下喜の歌人にお送りしてきた。拙文にその都度丁重な返事をいただいたことが3部作へのさらなる励みとなった。
あの本をみなさんに読んでいただき、それが新たな出会いへとつながり、今こうしてとっちゃんに文を綴っている。不思議なことだ。

「山もまた、不思議との出会いである。」

その通り。山歩くことは一般に、日常の中にともすれば埋没している己を、非日常に身を置くことにより、見つめなおさせてくれる。

なぜ今僕はここにいるのか
僕はどこから来て
どこへ行こうとしているのか。

単独行はこの問いの繰り返し。花も雨も霧も木々も山に存在するもろもろが僕を包み、この問いを深化させる。

「八十一歳にして、矍鑠とした気力と体力は誰もが認めるところである。あれだけのエネルギーはいったいどこからやってくのだろうか。考えてみればあの詳細な絵地図を生んだ人である。あの絵地図を作るにはどれだけのエネルギーが必要かを思う時、今の奥村さんの姿がかくあることが頷けるのだ」

1枚の地図に約30時間。これは記入していくだけの時間。何度も歩き、メモし、刻々と変わっていく山道の状態をきちんと押さえて書き加えていく手間と時間のかかる作業は含まれていない。しかし図面におとしていくことも名人の域だが、本当に大変なのは刻々と変わっていく山道の状態をきちんと押さえて書き加えていくこと。これはできぬ(僕には絶対にできない)。尋常ならざる情熱だけでなく、それを持続させていくことが求められる。この持続が難しい。あの地図の不思議な臨場感はそれらの努力が図に自然に反映しているからなのだろう。とっちゃんのコメントは師を的確にとらえている。さすがじゃ。

とっちゃんの山行記は、とっちゃんの柔らかな感性を潜り抜けて書かれている。文にも氏の持ち味が生きてきたか。うれしいこと。

「奥村さんはどんな彩をもってこれからの八十路を歩かれていかれるのだろう。奥村さんの満面の笑顔のそばで、今日という日に、ここにいることの不思議さをかみしめていた」
 結びも見事。翻って僕はどんな彩をもって五十路を終結させ、六十路を歩くか。とっちゃんはどうか。同人諸氏はどうか。こんな問いを自問しながら、山を歩こう。

この日、とっちゃんとのしばし別れのあいさつは、「お互いに生きてまた会おうね」というすさまじい言葉。

「今日という日に、ここにいることの不思議さをかみしめていた」は僕の思いでもあった。
またいつか同人諸氏とともにちんたらを深化させよう。

2006/06/22(Thu) 20:38:01  [No.2977]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:とっちゃん(こと)

「人踏まれな

谷の奥に

うなだれて

何想う

清貧の花」

光さす奥丁字桜の美しい写真
添えられた杣人さんの、その言の葉。


「春の花の競演にありて

動ぜず

あるべき姿で

ただ

命のままに

咲く」
 
と、まるで返歌のように私は言の葉を綴りました。

御池岳に咲く奥丁字桜、その花が杣人さんとの出会いを導いてくれたのだと思います。

その詩と写真は、命を脅かす病への励ましであるかのように出版してくださった、「御池岳・憧」の本の中に再び掲載され、懐かしい思いに包まれました。

ほんとうに、人の出会いの不思議さを思わずにはいられません。その写真とその言の葉に出会わなければ、一生すれ違ったままであったのかもしれないのですから。

一人の人との出合が、次にまた素晴らしい出会いを導いてくれる。そんな幸せをいただいた奥村さんをはじめ鈴鹿の山仲間。とてもありがたい思いに包まれています。

杣人さんの深い優しさに、心沈みし日々をどれだけ支えていただいたことか。これほど優しいお人柄の方は稀だと思わぬ日はありませんでした。

病の時ばかりか、復帰後なにかと人間関係で悩み続けた日々にも、まるで私の心が届いたかのように、杣人さんからの写真ハガキや、電話の声が届きそのたび毎にどれほど心清められたことか。

生きている限り、人は誰しもいつ命絶えるともしれぬ生き物でありますが、同じ病を得た私達は、より明日を生きることの危うさを知っているのかもしれませんね。

奥村さんの、命のエネルギーに満ちたお人柄は、まるで太陽のように感じました。奥村さんは、これからの人生を今まで以上に豊かに生きてくださることでしょう。

2006/06/23(Fri) 01:49:31  [No.2988]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:通風山

とっちゃん、横から失礼!

御池杣人さん こんにちは。
書込みありがとうございます。

杣人さんとは一度お会いしました。奥村氏との初めての会でしたね。
残念ながらご一緒には歩くことができませんでしたが、お会いできて大変うれしかったです。
あの時藤原のパーキングの縁石に座って杣人さんと、お話させていただいた中で、
僕にとって忘れられない言葉がありました。

つう「酒飲み過ぎて痛風になってしまって、それで酒やめたんです。」

杣人「いい器でいい酒を愛でながら飲んだら、そんなにはならんだろう・・・。」

恥ずかしながら、初めて酒の飲み方を教えてもらった様な気がします。
僕は干支が猪なのでどうもその傾向があるようですね。
僕にとってはあの一言が忘れられない言葉になっています。

あれから時々思うのですが「愛でる」って、山の登り方そのものなんじゃないかと気づきました。
滝を見るとどうやったら登れるかという、征服欲ばかりで登っていたような気がします。
これからもちょっとばかりゆらゆらと「愛でながら」登り続けたいと思っています。

前回は参加できませんでしたが、またお会いできる日を楽しみにしております。
今後ともよろしくお願いします。

   通風山

2006/06/23(Fri) 19:26:53  [No.3007]


  Re: 八十路から明日へ 投稿者:御池杣人

通風山様
とっちゃんに招かれてお邪魔いたしました。

お酒の飲み方、えらそうにそんなこと言ったかなあ。内容からして言いそうだなあ。たぶんそんなこと言ったんだろうね。
ああ、恥多き日々よ。
愛でる。お酒も器も、己自身も愛でて。
山を愛でるーそこまで人はおおきくないから、山に包まれ遊んでもらうーということになるか。

ちょっとばかりゆらゆらと「愛でながら」登り続けたい→すてきじゃ。

ぜひ包まれ遊んでもらっていることを忘れずに、ゆらゆらふらふらという構えを大切にして山に入り続けてください。

いつか、ゆらゆらふらふら歩きましょう。楽しみ。

2006/06/23(Fri) 21:32:30  [No.3008]


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