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古戦場と古道を巡る/西滝ヶ洞 (画像サイズ: 1024×768 361kB)

関ヶ原合戦西軍大将石田三成陣所の笹尾山から古道を歩き西滝ヶ洞に登ってきた。
西滝ヶ洞は「美濃の山」第1巻に紹介されているが明神山からの稜線歩きに何となく食指が動かなかった。最近地形図を見てみると石田三成陣所跡から点線道が西滝ヶ洞東の小沢峠まで続いている。古戦場と絡めてこれを歩くのは楽しいのではないかと思い向かってみた。

西滝ヶ洞(781.8m関ヶ原町)/6月18日(日)/曇り後晴れ/単独

9:20笹尾山→9:45林道→10:20伊吹山ドライブウェイ→10:55送電線鉄塔→11:20〜13:00西滝ヶ洞→13:25伊吹山ドライブウェイ→13:48〜14:15送電線鉄塔→15:10笹尾山

関ヶ原古戦場、笹尾山・石田三成陣所跡は当時の様子を復元したような柵が設けられ公園として整備されている。その駐車場に車を停め出発。近くには最終決戦跡の石碑が田圃の中に立っている。

笹尾山山頂には奥に東屋があり中央に陣所跡の石碑、南側展望台があり合戦時の布陣を説明するパネルがある。展望台からは関ヶ原を見渡せる。左手奥に南宮山の麓にある家康最初陣地・桃配山が見え、右手奥には小早川秀秋が布陣した松尾山が見える。この狭い空間で天下分け目の合戦は一日で決したのだった。古戦場とはいえ血生臭さをいまだ感じるのはなぜだろう。

笹尾山から裏の植林された尾根に取り付く。緩やかな登りが続きやがて古道らしき溝が現れる。荒れていて溝の中を歩いていくことはできない。斜度はそれほどでもないが雨後の濃密な空気が身体にまとわりつき暑い。

溝に沿って歩いていると突然尾根が切れた。何と舗装された道路が尾根を切って通っている。最初伊吹山ドライブウェイかと思ったが辿り着くのが時間的に早すぎるのとルート取りが明らかに地形図と違っている。この道は私の地形図には載っていない。どうも最近できた道らしい。しかたがないので右手に笹を漕いで一旦舗装路におりわずかに登ったところのコンクリート壁に階段を見つけ尾根に取り付いた。

尾根上に出るとやや薮がかかっているが溝は続いている。わずかに進んで尾根が広くなってくると溝も巾が広くなってくる。しかし、灌木が邪魔をしてここでも溝の中を歩くことはできない。灌木を避けながら右往左往して進む。溝が薄くなってきて前方が明るくなってくるとドライブウェイのヘアピンカーブに出る。

ヘアピンカーブを回りきった上に立っている鳥居をくぐって上部の尾根に取り付く。祠の脇を通って奥に進んでいくとここからは明らかにそれと分かる道が現れる。

古道、というにはあまりにもはっきりしていて今でも現役で使われているのではないかと疑われる。今にも上から荷を背負って誰かが下りてくるのではないか、そんな錯覚にとらわれる。厚く積もった落ち葉だけが現役ではないことを示している。優しい道だ。女、子どもでも歩きやすそうである。途中、平らかに地ならししてあるところは休憩用の小屋でも建っていたのかも知れない。

思いがけない出会いにいろいろな思いを巡らす。左右には広葉樹が続き秋に来たら素敵だろう。

やがて植林が現れるとこの夢のような道も終わる。地形図上の点線路は尾根筋を進んでいくがその方向は笹藪になっていて踏み跡は左手山腹の植林地帯の中へ続いている。

すぐに尾根筋に出るだろうと思っていたが踏み跡は何時までたっても尾根筋に向かおうとはしない。どこから尾根筋に向かうんだと思っている内に踏み跡は大きな岩の前に出る。

岩の下には祠が崩れて倒れている。祠の状態はともかくこの岩は祀られているらしい。そのためにここまでの道は整備されていたのだろう。その流れで古道も手入れされかつての姿を残していたもののようだ。

ここから右手の尾根筋を見ると送電線鉄塔が立っているのが見える。これも私の地形図には載っていない。しかし、鉄塔に出れば巡視路があるはずで上手くいけば巡視路が稜線まで導いてくれるに違いない。取り敢えず鉄塔に出てみよう。

植林の山腹を登って一旦尾根筋に出る。そこからわずかに薮を漕いで鉄塔下に出る。

鉄塔からは晴れていれば関ヶ原、濃尾平野が見下ろせそうだが生憎曇っていてはっきり見えない。東には明神山が見える。電波塔も見ることができる。

鉄塔斜面の上部に行くと見慣れた巡視路案内板が立っている。送電線はこの鉄塔から北東方面に延びていてひとつ奥の鉄塔はどうやら小沢峠付近に立っているようだ。迷うことなく巡視路に入っていく。

巡視路は山腹をトラバースするように進みやがて稜線上に出る。本当は小沢峠経由で西滝ヶ洞を目指すつもりだったがここは明らかに峠より西である。まあしょうがないだろう。ここから送電線巡視路を離れ左手の下刈りされたまだ若い植林帯に入っていく。

下刈りされた、といっても笹や灌木が切り払われたもので切り株が残っておりそれが邪魔くさく歩きにくい。一旦斜面を登りきりそこから90度右に折れ稜線を進んでいく。少し進むとわずかに踏み跡が現れホッとする。三角点近くは下刈りが消え灌木が若干うるさくなる。

到着した三角点はわずかに切り払われているのみで腰を下ろす気にならない。北側が開けているが生憎曇っていてあまり展望は得られない。なんだか落ち着きが悪いのでさらに稜線を西に進んでみる。

あまり代わり映えのしない稜線が続く。やっと西隣のピークにいたってなんとか腰を落ち着かせる場所を確保した。そして早速プシュッ!

濃密な空気は幾分密度を薄めたものの相変わらず身体にまとわりつき暑い。朝露で全身濡れているがなかなか乾かない。眼前の風景も半分ガスの向こうである。しかし、誰もいない、誰もこない山頂。これはこれでいい感じだ。唯一はっきり見える三角点ピークとその向こうの送電線鉄塔が何となく絵になる。

やがてガスは晴れてきて青空も見えるようになってきた。伊吹山方面は相変わらずだが、正面には高天神がはっきり見え、右手には池田山が姿を現した。それより遠くは無理だがほとんど諦めていた眺めだけに嬉しい。今日もありがとう。お礼を言って山頂を後にした。

下山は、休憩したピーク南の尾根を下る。こちらも地形図上に点線道が記されている。

最初は笹藪だがすぐに溝が現れる。こちらも登りの尾根と同じでかつて使われた道であることがよく分かる。斜面をつづら折りになって優しく下りていく。しかし、倒木や笹藪、萱薮が所々あり歩けるのは半分ほど。

やがて古道はドライブウェイでとぎれる。その向こうに送電線巡視路が下りていてそこに入る。

この巡視路は古道を利用しているようだ。草むらに覆われた溝の中におきまりのプラスチック階段。あまり使われていないのか所々崩れておりまた草に埋もれている。この埋もれたプラスチック階段が引っかかって結構危ない。こんなものない方がいいとぶつぶついいながら下りていく。

鉄塔からは関ヶ原が一望の下だ。天気も良くなってきたことだしここでコーヒー休憩とした。

コーヒーを飲みながら眼下の古戦場にうろ覚えの布陣を重ねてみる。小早川秀秋が裏切らなければどうなっていたのだろう。考えても答えはでないがついつい考えたくなる。確か家康に催促されて裏切った彼はろくな死に方をしていないはずだ。

ひとときの時間旅行を終え、鉄塔下の古道を下っていく。やがて再びドライブウェイに出る。ここからは、笹尾山までひたすら舗装路を歩いていく。

笹尾山は思ったより賑わっていた。何故か若いカップルが結構いた。こちらは汗まみれ泥まみれの服を駐車場の端で着替え家路についた。

2006/06/19(Mon) 00:11:13  [No.2919]


Tsutomuさん、こんばんは。
家の近所で遊べていいですねー。(^_^)
私にはさっぱりわからない山域ですが、歴史への思い入れがある人には楽しい道なんで
しょうね。
私なんぞなにも考えずに歩いているだけなんで、歴史のロマンもさっぱり。
それより早く風呂に入ってバスロマンでさっぱりしたい・・・(^_^;)
Tsutomuさんや緑水さん、きゅうのしんさんを見習わなくては。

                山日和

2006/06/19(Mon) 21:41:53  [No.2928]


山日和さん、こんばんは。

> 家の近所で遊べていいですねー。(^_^)

このフォーラムのおかげでこの辺りでも遊べる範囲が広がりました。誘っていただいてホント感謝してます。

> 私にはさっぱりわからない山域ですが、歴史への思い入れがある人には楽しい道なんで
> しょうね。

どうなんでしょ?私もそんなに歴史に思い入れがあったり詳しいというわけではないので。ただ、この山域に限らずかつて人はここをどういう思いで見、歩いたのかと空想するのは好きなので、その意味でどこの山でも楽しいです。

> Tsutomuさんや緑水さん、きゅうのしんさんを見習わなくては。

実は、緑水さん、きゅうのしんさんがどういう反応を示すのか、それが楽しみでこの山に登った部分もあるのです。内緒ですよ。

                Tsutomu

2006/06/19(Mon) 22:27:01  [No.2934]


  Re: 古戦場と古道を巡る/西滝ヶ洞 投稿者:きゅうのしん

tsutomuさん こんにちは
昨日からなんかしら 何処かからひそひそ聞こえてくるかとおもえば
こんなところで内緒話されてましたか。

歴史が好きだとかどうも歪曲されているようで冷や汗だしてます。
学校の歴史は日本も世界も苦手で、特に人名が覚えられませんでした。
関ヶ原の歴史もあまり知らずえらいこっちゃと本屋さんで学習してきたところでして
少し興味をもってきました。

「関ヶ原」の地形図も見ていると飽きませんね。まだまだ未知の道がありそうですね。気軽に行けるのが羨ましいです。(前回は「大垣」でもたのしめましたが)
でピークに滝が洞という名があるとはしりませんで、この尾根も昔のガイド本には伊吹山下山ルートとして紹介されていて一度は笹尾山から尾根通しで山頂まで辿ってみたいと思っていたのですがまだ果たせておりません 私も刺激されているので近々歩いてみようかと思案中です。

内緒ですけど きっと山日和さんは「関ヶ原」の地形図はもってない・・・ 
じゃなかったずっと奥の方にしまってあると思います。

2006/06/21(Wed) 00:50:50  [No.2950]


Qちゃん、じゃなかったきゅうのしんさん、こんばんは。

> 内緒ですけど きっと山日和さんは「関ヶ原」の地形図はもってない・・・ 
> じゃなかったずっと奥の方にしまってあると思います。

私の地図ライブラリーを知ってたんですね。(^_^;)

               山日和

2006/06/21(Wed) 01:00:10  [No.2951]


きゅうのしんさん こんにちは

> 昨日からなんかしら 何処かからひそひそ聞こえてくるかとおもえば
> こんなところで内緒話されてましたか。

げっ、聞かれてしまいましたか(^^;

> 歴史が好きだとかどうも歪曲されているようで冷や汗だしてます。
> 学校の歴史は日本も世界も苦手で、特に人名が覚えられませんでした。
> 関ヶ原の歴史もあまり知らずえらいこっちゃと本屋さんで学習してきたところでして
> 少し興味をもってきました。

僕も歴史は得意じゃなかったですね。関ヶ原もあまり詳しくなくて小説で囓ってる程度…それもあまりよく内容を覚えてなくてダメですね。地元の小学校では結構詳しく教えてるらしいですけど、大垣じゃあまり教えてもらわなかったような。だから、この辺を歩くに当たって僕も本を買おうかなって思ってたんですよ。

> この尾根も昔のガイド本には伊吹山下山ルートとして紹介されていて一度は笹尾山から尾根通しで山頂まで辿ってみたいと思っていたのですがまだ果たせておりません 私も刺激されているので近々歩いてみようかと思案中です。

このピークから伊吹に向かう尾根は薮に覆われてましたね。点線道は完全に埋もれているようでした。林道を使うならいけそうなのかなあ。

> 内緒ですけど きっと山日和さんは「関ヶ原」の地形図はもってない・・・ 
> じゃなかったずっと奥の方にしまってあると思います。

何時か引きずり出される日が来るのでしょうか。

2006/06/22(Thu) 21:31:57  [No.2980]


  Re: 古戦場と古道を巡る/西滝ヶ洞 投稿者:きゅうのしん


つとむさん こんにちは

> 僕も歴史は得意じゃなかったですね。関ヶ原もあまり詳しくなくて小説で囓ってる程度…それもあまりよく内容を覚えてなくてダメですね。地元の小学校では結構詳しく教えてるらしいですけど、大垣じゃあまり教えてもらわなかったような。だから、この辺を歩くに当たって僕も本を買おうかなって思ってたんですよ。

 そうですか大垣でも教わらないのですか。関ヶ原は郷土ではないのかしらん、
それ以上に大垣も歴史のある町なのでしょうね

> このピークから伊吹に向かう尾根は薮に覆われてましたね。点線道は完全に埋もれているようでした。林道を使うならいけそうなのかなあ。

 やっぱり夏は無理でしょうかね。ちょっと方向転換になりました。
>
> > 内緒ですけど きっと山日和さんは「関ヶ原」の地形図はもってない・・・ 
> > じゃなかったずっと奥の方にしまってあると思います。
>
> 何時か引きずり出される日が来るのでしょうか。

 きっと○○才くらいになりましたら引き出しから出てくるのではないでしょうか。
約30年後?に関ヶ原でオフ会ですね!(失礼しました)

2006/06/23(Fri) 00:12:47  [No.2986]


Tsutomuさん こんにちわ

彩菜食の次は お精進料理をと赤兎山 白山・別山に鎮魂山行でした

帰って ヤブ開ければ
またまた 美味しそうな彩菜料理が並べられてる
もうす少し早ければ デザートとして食せたのにと思いながら 読ませて貰いました

分かり易い文脈で読む人に優しいです 活き活きと脈動が感じられます
地形図見なくても ルート情景が見えてきます

畑してプシューして お風呂に行きます
昼寝してから
じっくり読ませて貰い 改めてレスしますね

            緑水

2006/06/21(Wed) 13:38:13  [No.2953]


緑水さん こんばんは

> 彩菜食の次は お精進料理をと赤兎山 白山・別山に鎮魂山行でした

いいですね。時間が許せば行ってみたいです。

> 分かり易い文脈で読む人に優しいです 活き活きと脈動が感じられます

相変わらず自己満足の文を書いてるなと常々思っていたのでそう言っていただくとなんだか嬉しいです

> 地形図見なくても ルート情景が見えてきます

でも時々肝心なところが抜けてたりするんですよね。なんでこれを書かなかったかなあとかあります。いいところを見落としていたり書き落としていたり。だから緑水さんに後を深めてもらうのはとても勉強になります。

私は緑水さんの文章がすごく好きです。ああいう文章が書きたいなあと思ってます。字間や行間に何とも言えない色気というか毒性を感じてしまいます。これからも独特の言い回しのレポよろしくお願いします。
>

2006/06/22(Thu) 22:10:50  [No.2982]


  Re: 古戦場と古道を巡る/西滝ヶ洞 投稿者:とっちゃん(こと)

Tsutomuさん、こんばんは〜。(*^_^*)

> 西滝ヶ洞(781.8m関ヶ原町)

またもや、知らない山です〜。最近この山域と歴史を歩く山にはまってますね〜。

地図が頭に浮かばないんやけど、知らない山域を広げるのにTsutomuさんのレポ参考にさせてもらいま〜す。

三東町(今は米原市)の蛍、今年はどないな様子やろなぁ。毎年ほど、蛍は見に行っていたんですが・・・。今年は、仕事に追い回されて、蛍の時期だったことも、つい先日まで忘れてました。

近所の蛍、つい最近見に行きましたが、ほんまに蛍見るのは好きです。Tsutomuさんのお近くでも飛んでます?

2006/06/22(Thu) 01:56:45  [No.2968]


とっちゃんさん、こんばんは〜。

> またもや、知らない山です〜。最近この山域と歴史を歩く山にはまってますね〜。

内緒ですけど後から緑さんやきゅうさんがいろいろ深めてくれるのが楽しみで歩いてるんですよ(^^)V

> 地図が頭に浮かばないんやけど、知らない山域を広げるのにTsutomuさんのレポ参考にさせてもらいま〜す。

すごく自己満足なレポなんですけどそう言ってもらうと嬉しいです(^O^)

> 近所の蛍、つい最近見に行きましたが、ほんまに蛍見るのは好きです。Tsutomuさんのお近くでも飛んでます?

うちの近くで見た経験ないですね。
昔は蛍の柔らかな光が暗闇に浮かぶと思わず触れたくなったものですけど最近はその感性もどこかに置き忘れて来ちゃったようです。

とっちゃんさんの詩もレポも読ませていただいています。ちょっとコメントするのが怖いくらいの感受性の豊かさを感じます。その感性のまま山歩き(僕から見るとかなりハードな山歩き)をしていることに感心します。そんなとっちゃんのかいたレポはとても楽しみです。ぜひこれからも読ませてくださいね。

2006/06/22(Thu) 21:55:26  [No.2981]


Tsutomu さん 再びお早うサンです

> 関ヶ原合戦西軍大将石田三成陣所の笹尾山から古道を歩き西滝ヶ洞に登ってきた。

西軍の大将で有りながら武将の無骨さか 狡猾な家康に勝つことが出来なかったのですね
O氏のウオーキング絵地図には 関ヶ原史蹟巡りが詳しく紹介されてる
Tsutomu さんの一石が点となり 線となり広がっていきます
本も読んでみようかと 山ボヘに持参しながら 一ページも愚か二行目でグウ〜となります
やはり想像いろいろしながら 現地を歩くのが性に合い 好いですね

> 笹尾山・石田三成陣所跡は当時の様子を復元したような柵が設けられ公園として整備されている。
> 手奥に南宮山の麓にある家康最初陣地・桃配山が見え、
> 右手奥には小早川秀秋が布陣した松尾山が見える。

勝負のトライアングルですね
二目を取ったら勝ち

南宮山に陣を張った毛利秀元 その東に陣を張った吉川広家と「兵を動かさない」との密約
後背の安全を確認と 松尾山の小早川秀秋の腹をみた家康は ニタッと笑い戦を切ったの
西軍は戦いせず早々と引き揚げる 逃げ足早いは生き延びる必至のアイテムだ 
> 古戦場とはいえ血生臭さをいまだ感じるのはなぜだろう。

そんな所ありますね
ゾクっとする寒気 誰かが見てるのを感じる
成仏していない魂が漂ってるんだろうなあ

> 途中、平らかに地ならししてあるところは休憩用の小屋でも建っていたのかも知れない。

いやいや違うかも
荼毘にふした火葬の広場跡かもよ 埋葬地など有るはずだ なにか感じましたか 

> すぐに尾根筋に出るだろうと思っていたが踏み跡は何時までたっても尾根筋に向かおうとはしない。どこから尾根筋に向かうんだと思っている内に踏み跡は大きな岩の前に出る。

> 岩の下には祠が崩れて倒れている。祠の状態はともかくこの岩は祀られているらしい。そのためにここまでの道は整備されていたのだろう。その流れで古道も手入れされかつての姿を残していたもののようだ。

これもなにかの因縁を感じますね
その道の人 調べて下され

> やっと西隣のピークにいたってなんとか腰を落ち着かせる場所を確保した。そして早速プシュッ!

ああ嬉や一仕事あとは なんとかプシュー場として覚えておこう

> ひとときの時間旅行を終え、

三成敗戦の陣 一席おもしろく読ませて頂きましたです 拝

               緑水

2006/06/22(Thu) 08:35:08  [No.2969]


緑水さん 続いてこんばんは

> 西軍の大将で有りながら武将の無骨さか 狡猾な家康に勝つことが出来なかったのですね

彼はまじめすぎたんでしょうね。優秀な官僚。そんなイメージですよね。それに引き替え家康は老練な政治家。勝負になったのかどうか。

> O氏のウオーキング絵地図には 関ヶ原史蹟巡りが詳しく紹介されてる

見てみたいです。

> 本も読んでみようかと 山ボヘに持参しながら 一ページも愚か二行目でグウ〜となります
> やはり想像いろいろしながら 現地を歩くのが性に合い 好いですね

本を読まなくて説明書きされたパネルがそこかしこに立っているんでそれを読むだけでもかなりの勉強になります。なんと言っても現地で当時を空想するのが楽しいですね。

> > 古戦場とはいえ血生臭さをいまだ感じるのはなぜだろう。
>
> そんな所ありますね
> ゾクっとする寒気 誰かが見てるのを感じる
> 成仏していない魂が漂ってるんだろうなあ

源平合戦ぐらいになるとあまり血生臭さも感じなくなりますね。成仏し切っちゃってるのでしょうか。

> > 途中、平らかに地ならししてあるところは休憩用の小屋でも建っていたのかも知れない。
>
> いやいや違うかも
> 荼毘にふした火葬の広場跡かもよ 埋葬地など有るはずだ なにか感じましたか 

そんなに広くはなかったんで(畳2、3畳分ぐらい)埋葬地ではないと思いますが…どこかにはあったんでしょうね。ちなみに地形図には関ヶ原の街に近いところに東首塚、西首塚というのがあります。

> これもなにかの因縁を感じますね

今考えればそんな感じですね。何かを見つけて欲しくて導かれたのかも。

              Tsutomu

2006/06/22(Thu) 22:28:18  [No.2983]


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