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いざ出陣!桃配山から南宮山 (画像サイズ: 768×1024 372kB)

そろそろみなさん食傷気味になってきたでしょうね、南宮山。なんでもないこの山に短期間で4度目のレポ。一応今回を区切りにしますので(あくまで一応です)もう少しお付き合い下さい。

南宮山(419.2西濃)/6月24日(土)/晴れ/単独

7:40桃配山→8:15鉄塔→8:43三角点(342.4)→9:00稜線鉄塔→9:50南宮山三角点→10:07〜11:45毛利秀元陣跡→12:43朝倉山分岐点→13:03朝倉山→三角点(112.2)→14:30桃配山

天気予報ではこの一週間、雨、雨、雨。土曜日も2,3日前までは雨の予報。濡れる覚悟でこの日の山行を予定していたが天気予報とは当たらぬもの。朝起きればさわやかな青空。しかし、それはそれでもっと他の山へ、という気持ちも生まれてきて困ったもの。そんな気持ちを振り払って当初の予定通り南宮山の麓、徳川家康の最初陣地、桃配山へ向かった。

家康がここ桃配山に陣を敷いた由縁は壬申の乱の折の故事にある。すなわち大海人皇子が配下の兵にここで桃を配ったところ大勝したという話しにあやかってということらしい。後の戦果を見ればこの縁起担ぎは見事に成功したようである。

陣跡は、国道21号から階段を登ってすぐ。笹尾山や松尾山に比べるとあまりにもあっけない。関ヶ原古戦場ではよくお目にかかる(大小の差はあるが)明治39年の年号の入った石柱が立っており、傍らにはこれまたおなじみの解説が書かれた立て札が立っている。それによるとここに鎮座する数個の大きな石は、評定の折のイスやテーブルとして使われたらしい。ここから奥の森に踏み跡があるがすぐ新幹線にぶつかる。

「殿!一大事にござります!」
「なんじゃ!どうしたというのじゃ!」
「ちっ、地図が足りませぬ」

桃配山からしばらくの登りは地形図「関ヶ原」が必要。南宮山三角点側は「大垣」が必要である。慌て者は「関ヶ原」の方を車に忘れてきてしまった。

「たっ、たわけ!早うとってまいらんか!」

駐車場の車から地図をとって戻って家康が座ったという石に腰掛け一人評定を開く。

「しかして、今回の行軍、どのような仕儀になるか」
「はっ。まずは、この南に続きます踏み跡を辿りまする。しかし、その先、新幹線とやらいう白き大蛇の通り道に尾根を寸断されておればそのまま進みゆくことかないませぬ」
「むむ。してその先に進むにはいかとする」
「はっ。心配には及びませぬ。寸断されたところより左に折れ斜面を下れば林道。そこに至れば大蛇の道もくぐり抜けることができまする」
「そうか。してその先は」
「地形図上の点線路を辿れば多少遠回りになりましょうが水の流るるがごとく稜線上にでましょう。その後は稜線を辿れば目をつむっても毛利方陣地に至りまする。」
「そうか。では早速出陣じゃ!馬を引け」

馬はない。

林道は沢沿いに進みコンクリート製の橋で終わる。その後は山道となり橋を渡ったところで二手に分かれる。鉄塔巡視路の表示がある左側に進んでいく。

「まだわずかにしか来ておらんがここは山深き様子のところじゃの」
「左様でござりますな。間近で戦が始まろうとは嘘のようでござりますな」

巡視路は谷沿いを進んでいく。時折倒木が道をふさぐがなんとかこえてやがて沢沿いから離れ山腹を一登りすると鉄塔に出る。

「殿、お耳にお入れしたきことがござります」
「なんじゃ、苦しゅうない。言うてみい」
「はっ。恐れながら申し上げまする。実は道をまちごうたようでこざります」
「なんじゃと!道をまちごうただと!」
「はっ。あの高みをご覧遊ばせませ。あれに見えまする鉄塔に向かうはずでござりましたが今いる尾根からはそこに至ることかないませぬ」
「どこでまちごうたのじゃ」
「おそらくは橋を渡ったところの分岐を右にとるべきであったかと存じまする」
「左様か。しかし過ぎてしまっては詮無きこと。してこの先いかにするつもりぞ」
「はっ。この尾根を進む以外道はないかと存じまする」
「左様か。してこの尾根は進んでいけそうか」
「ただ今ワッパ(ワカンのことじゃないよ)に探らせておりまする」

尾根には古い道を利用した巡視路が続いておりここを辿って稜線に向かうことにする。

「思ったよりこの道は使われておるようじゃの。下草もなく歩きやすいわ」
「左様でござりますな。偶然とはいえ幸いにござりました」
「おっ、山腹の向こう側に平らかなところがあるの。ちとあちらを見て参ろうか」
「殿、それは危のうござりまする。何卒お控え遊ばしますように」
「たわけっ!見よ。鹿の踏み跡が山腹を渡っておるわ。あれを辿ればつけよう。それとも怖じ気づいたか」
「さまで仰せであれば致し方ありませぬ。ご存分になさりませ。しかし、足下にはくれぐれもご注意を」

山腹を渡って東隣の尾根に行ってみた。雑木林のいい尾根だ。

「踏み跡があるようじゃの」
「どうやら麓の桃配公園とやらいうところからあがってきている踏み跡のようにござります」
「うむ。敵の間者の抜け道やも知れぬ(どこに敵がいるんだ)。ここにも見張りをたてよ(誰が見張るんだ)」

この尾根から上に向かう。やがて先ほどの尾根とひとつになり植林帯となる。踏み跡は薄くなるが尾根筋を進んで稜線上にあがる。あがった向こうには広い谷が緩やかに下っている。

「殿、ようやく稜線上に出たようでござります」
「そのようじゃの。後はここを東へと辿っていけばよいのじゃな」

稜線上は下草もなく若干低木が気になる程度で難無く歩ける。少し行くとすぐ下にに林道が見える。

「殿、林道が走ってござりまする。あれへ出てみまするか?こちらより歩きやすいかと存じますが」
「無用じゃ。あのようなところを歩いてもし敵方に見つかったらなんとするぞ(だから敵はいないって)。討ってくださいと言わんばかりではないか」
「はっ。仰せの通りにござります。おっ、話す内に殿、三角点に着いたようでござりまする」
「ほお、穏やかなよい三角点であるな。してここからはどのように進むのじゃ」

三角点からは90度右へ折れていく。取り敢えず三角点から直に右下に下って出た広い谷を上に進むと平らかなところに出る。どうやら三角点をそのまま進んでいれば同じところに出たようである。ここがなかなかいい感じの森で休憩したくなるがまだまだ行程の1/3程度。先に進む。

「殿、坂がきつうござります。くれぐれも足下に用心なさりますよう」
「いらぬ心配じゃ。それより上を見よ。薮のようじゃが歩けるのか」

稜線上の薮を避け少し下を歩いていくと、植林帯にでる。この右側が切り開かれており晴れていればおそらく霊仙山などが見えるのだろう。しかし、今日はそこまでは見えない。

植林を進んでいくとすぐ広い窪地のようなところに出る。その先を見ると笹原が広がっている。送電線のための切り開きだ。尾根の左側の鉄塔に出てみる。

「さすがに眺めがよいな。あれに見えるは垂井の町であろうな」
「そのようでござりますな。ここからならば敵、味方の動き手に取るように分かりまするな」
「笹原の向こうにも鉄塔が見えるの。あちらまで笹原を越えてみようではないか」

初めこそ歩きやすそうな笹原だったがだんだん丈が高くなりきつくなる。

「ウワァッ」ガバッ。
「殿、いかがなされました」
「ううむ。足下に穴があいていたようじゃ。不覚にも足を取られた。これはかなわん。あれへ戻るぞ」

「先ほどから所々に穴があいておったがこんな笹原の中までに。あれはなんであろうの」
「おそらくは落とし穴かと。中に竹槍を立てておいて上を草や木で覆えば敵の侵入を防ぐに効果的かと存じまする」
「物騒なものよの」

再び鉄塔に戻り今度はそこから反対の植林に入っていく。すぐに切り開かれたところに出る。すぐそばを林道が通っている。

「緑川山水殿は上野の集落より手前に見える鉄塔の立つ尾根を伝ってここに辿り着いたようでござりまする」
「緑川殿の話は余もよう耳にする。なかなかの強者のようじゃの。我が陣に招きたいものじゃ。その緑川殿が歩いたとなると何やら気をそそるの。あちらの尾根へは行かぬのか」
「残念ながら今回の行軍にその余裕はござりませぬ。しかし、ここから先、毛利方陣地までは緑川殿と同じ道でござります」
「左様か。それがせめてもの慰めよの。さて行くとするか」

すぐに窪んだ地形のところに出てそこを越えていくと後はほぼ稜線上を沿って進む。

「殿、左手側は急斜面でござります。お気をつけ遊ばせませ」
「うむ。しかし、なかなかよい雑木林じゃ。歩くのが楽しいの」

左に緩くカーブする稜線を越えるとヌタ場、というより水溜まりがありその先を左に下っていくと朝倉山へ続く尾根になる。

「帰りはここから朝倉山へと下るのか」
「はっ。その予定にござります」

ここから先、稜線北東側は植林が現れたり雑木林になったり。南西側は灌木混じりの雑木林が続く。

「よい木じゃの。何という名かの。こうして触れていると癒されるようじゃ」
「私も武辺者ゆえ木や花などの名はとんと分かりませぬがこうしてゆっくり森の中を歩くとなにやら心が洗われるようでござります」

時折大きな木のある雑木林が続く中を緩く上り下りしながら進んでいく。この辺りは低い笹の中に薄い踏み跡がある。

「人が通っておる跡があるの」
「敵方は盛んに連絡をとりあっておるのかも知れませぬ。注意が必要ですな」

やがて踏み跡は南宮山三角点に出る。周りが以前に来たときよりしっとりした感じの森になっている気がする。ただ単に天候のせいか。

「ここからは、人の通った跡が濃くなっておるの。敵が盛んに動き回っている証じゃな」
「敵は意気盛んのようでござりますな。殿、足下滑りやすうなっておりまする。お気を付けを」

毛利陣地跡までは意外と長い。一つ目の谷地には谷沿いに登ってくる道があがってきているはずで何れ辿らなければと思う。小山のような瘤を越えて雑木林の緩やかな尾根を登り返せば毛利陣地跡である。

「殿、いよいよ毛利方の陣地でござります」
「そうじゃの。気を引き締めていこうぞ。やあ!」(だから敵はいないっつうの!)

毛利陣地跡には3人のお歳を召した方がそれぞれに距離を置いて座っている。お一方に挨拶をしたもののその方は本を読みふけっていてこちらに気付かない様子。なんだか居心地悪いなと思いながら傍らの木陰に敷物を広げプシュッ!いい天気、いい山歩き。本日もありがとうございます。

プシュッ!タイムの間に何組か登ってこられたが何れもよそよそしく会話もないまま下りていかれる。まあ、こちらも話しかけにく空気を醸し出しているのかも知れないが。

下山は予定通り、朝倉山へ向かった。

往きで朝倉山への尾根を確認していたにもかかわらずあっさりその尾根を行き過ぎてしまい後戻りする始末。殿にももっと注意するようにとしかられた。

朝倉山への尾根は植林帯の急斜面を下り一旦緩やかになる。すぐまた急斜面になりわずかで平坦な尾根になる。わずかに進むと右手に明確な尾根が見えるがそちらは支尾根。左手側の尾根を下っていくと尾根が細くなっていく。登り返すようになる頃は雑木林となる。踏み跡は薄いがそれとなくある道が朝倉山山頂まで導いてくれる。

朝倉山山頂は何故かその一帯だけが手入れされたような植林になっている。時間があればのんびりしてもいいかなと思う空間だがちょっと事情があって先を急いだ。

地形図上の北にのびた緩い尾根を下ることにする。

緩やかな尾根ははじめそれと分かる踏み跡があるが途中でどこへやら適当に左手の緩やかな斜面を下ると途中から再び踏み跡が現れやがて明確な溝状の道となる。

道は尾根の途中から右側の斜面を下っていく。しかし、そのまま荒れた尾根を辿っていく。倒木、灌木で歩きにくいがそれもわずかで終わって不意に三角点が現れる。なぜか傍らに白地に国土地理院と書かれた新しい棒杭が立っている。

三角点からわずかに尾根を辿って右手を見れば林道のようなところが見える。そこに下りてみると麓の工場の駐車場のようだ。ここからなんとか近道はないかと探したが結局国道に出るしか方法がなく、桃配山までの遠い道のりをトボトボ歩いた。しかし、途中、いろいろな史跡がありそれほど退屈はしなかった。

「殿、ご無事な帰陣、恐悦至極にござります」

2006/06/28(Wed) 00:14:46  [No.3061]


  Re: いざ出陣!桃配山から南宮山 投稿者:きゅうのしん

tsutomuさん こんばんは
うわーしっかり歩かれましたね。
先週土曜日 若狭に行ってしまいましたが
ここの山・ルートも候補に入っていました。
そしたら ここでバッタリお会いして唄ってたかも・・・・。
後でじっくり読ませていただきます。

南Qの爺より

2006/06/28(Wed) 00:22:50  [No.3064]


きゅうのしんさん、こんばんは
いってきましたよ。もう南宮山のまとめのつもりで。
でもまだ一箇所、ここを歩かねばというところが残ってるんです。
朝倉山の東の谷を詰めて山頂に行くルート。
これを歩いたらほぼ満足できそうです。

多彩な名を持つきゅうのしんさんに会いたかったですね。
私が歩いているところじゃまずYABUメンバーには会えないなあ。
そろそろあえるようなところも歩かないと(^^)

         Tsutomu

2006/06/30(Fri) 23:49:08  [No.3096]


  Re: いざ出陣!桃配山から南宮山 投稿者:きゅうのしん

 Tsutomuさん こんばんは

一人二役の山行き楽しそうでしたね。
とても楽しく読ませて戴きました。
この日、私も山変更の可能性ありだったので
車の中に大垣関ヶ原などの地形図を用意していました
毛利軍のつもりで東南部から攻めて行けば
何処かでバッタリ出会い 「おぬし何者・・・
・・・」やりとり後 和睦の杯でも交わしていたでしょうかね。
お節介ですが、近いので是非 春秋冬も歩いて頂けたらと願っています。

私も始めて行ったのが暑い今頃で、冬は2002年1月6日で降雪後の
雪景色堪能できました。展望台から山頂まで1時間位かかりました(地図無く方向間違え)。

谷の破線も気になりますね。

2006/07/01(Sat) 22:12:33  [No.3103]


Tsutomu氏 またまたお天気が良くなってきた
昨日はお池に遊んで 今日は片づけとヤブ整理ですたい
なんとまた美味しそうな彩食デザート 食べたいなあです

> 家康がここ桃配山に陣を敷いた由縁は壬申の乱の折の故事にある。すなわち大海人皇子が配下の兵にここで桃を配ったところ大勝したという話しにあやかってということらしい。後の戦果を見ればこの縁起担ぎは見事に成功したようである。

この書き出しが 憎い担ぎ出し 策士だのうおぬしも
して つぅトムソーヤ殿 良い御家来をお持ちで羨ましいかぎりでござる

緑進遊山はというと 家来逝っての素浪人 身に合った縁禄にありつきたいものだ
今チトおもしろい事が気になってる
『関ヶ原前譜・祖父江一郎』書なる物読んでる
二行読んではグーのネンネも 有るページからおもしろくなった
加賀百万国 白山絡みの戦国ものだ
また機があれば話そうぞ

> 今回の行軍、どのような仕儀になるか」

何ごとも事を起こすには 大儀名分が必要なるぞ
軽々に事を起こさば 身の破滅だわい
殿と言えど 庶民の気持ちが大切なこと

>「殿、お耳にお入れしたきことがござります」
>「なんじゃ、苦しゅうない。言うてみい」
> 「はっ。恐れながら申し上げまする。実は道をまちごうたようでこざります」

間違い??そんなことは無い 間違いこそ正だぞよ
瓢箪から駒と言うではないか 間違いが思わぬ正を生む
大いに迷われたし

>「思ったよりこの道は使われておるようじゃの。下草もなく歩きやすいわ」
>「左様でござりますな。偶然とはいえ幸いにござりました」

ナぁナぁナァ 小判にけつまずかなかったや(^^)
西滝ケ洞の何処かの洞に御用金が眠ってる シーッ聞かれたらどうする(−−)のじゃ

>「踏み跡があるようじゃの」
>「どうやら麓の桃配公園とやらいうところからあがってきている踏み跡のようにござります」

これか二番煎じのエキスが垂れてる 

>「ウワァッ」ガバッ。
>「殿、いかがなされました」
>「ううむ。足下に穴があいていたようじゃ。不覚にも足を取られた。これはかなわん。あれへ戻るぞ」

あった有った 緑も落ち込んだ あのヤブは柔笹だが油断させて落とす罠だったのだ

>「よい木じゃの。何という名かの。こうして触れていると癒されるようじゃ」

良い感覚じゃ ホウの木だあの様に伸びやかなるホウの木は珍しい
あの白くなでやかな木肌は なかなか味わえんものだ 
ホウ左様でございまするか

>「殿、いよいよ毛利方の陣地でござります」
>「そうじゃの。気を引き締めていこうぞ。やあ!」(だから敵はいないっつうの!)

> 毛利陣地跡には3人のお歳を召した方がそれぞれに距離を置いて座っている。

三人の年老いた毛利軍勢でしたか 戦にならぬ和議ですな
ササに肴の接待 姫はおられたかな

>「殿、ご無事な帰陣、恐悦至極にござります」

良き斥候ご苦労様でした 懇ろにお休みの程をです
緑進遊山も早々に後追いするであろう

           緑水

29日良い天気に誘われて 関ヶ原・南宮山山行仕上げと行きました
またレポします

2006/06/29(Thu) 18:44:22  [No.3076]


緑水さん、こんばんは

緑水さんに刺激されて今度は桃配山からいってきましたよ。
雨覚悟で一週間ぐらい前から計画してたんですけど当日は見事に晴れました(^^)
やまに迎えられてるなと感じながらすごく気持ちよく歩くことができて、歩いてる途中でいろいろな空想をして楽しんでました。それがこのレポになりました。ちょっと稚拙ですけどね。楽しんでいただけたみたいでよかったです。

            Tsutomu

2006/06/30(Fri) 23:55:43  [No.3097]


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