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  戦国シリーズ/佐和山 投稿者:Tsutomu  URL
戦国シリーズ/佐和山 (画像サイズ: 1024×768 217kB)

司馬遼太郎の「関ヶ原」を読み終えたときから気になっていた「佐和山」へ登ってきた。たかだか232.5mの山でここにレポするのもどうかなあと思いますがまあお付き合い下さい。

佐和山(232.5m/湖東)/11月03日(土)/晴れ/単独

11:48 佐和山城址駐車場 → 12:15〜13:24 佐和山山頂 → 13:40 佐和山城址

「佐和山城」、天下分け目の関ヶ原合戦、一方の将、石田三成の居城である。
「三成に過ぎたるものが二つある、島左近と佐和山の城」
といわれた城である。
五層の天守閣を持つその城は当時は有数の巨城であったようである。この城祉をぜひ見なければと思っていた。

地形図で見ると彦根城の東側の小高い山らしい。ここを目指していざ出発。しかし、登り口もそもそも登山道があるのかどうかも知らない。行き当たりばったりである。

10時頃、佐和山の東側にあたる鳥居本に着く。大手門はこちらにあったというから付近に登り口がないかとウロウロしたが分からない。諦めて彦根側に回る。すると、そこには寺院やら神社がならび、どうやら佐和山を巡る道もあるらしい。案内パネルに「Aコース、Bコース」と記されている。しかし、そのコースを示す図のようなものはなくどこを歩くのやら分からない。

とりあえず、食料調達のため彦根市街地に入る。彦根城近くは観光客の車と人で一杯だった。佐和山周辺とはえらい違いだ。彦根駅前に行くと、彦根城築城400年祭だかなんだかのイベントがあるらしく人が集まっている。中には甲冑姿の人も。彦根城の人の多さもこの所為か。

佐和山城祉駐車場に戻って出発。取りあえず上部に延びた舗装された林道を歩く。林道は途中で二手に分かれ右下の道を歩いてみる。すぐに舗装は切れ草が生い茂った荒れた道となる。そんな中に踏み跡が一本。多分こんなところじゃなくて他にちゃんとした道があるんだろうなと思いつつも面倒くさくてその踏み跡を辿っていく。

しばらく歩いてやはり違うなと思ったが戻るのも面倒でそこから山腹の藪斜面に取り付く。(こんな何でもないような山でも藪を歩くとは何の因果か)と思いながら稜線に出れば何とかなるだろうと登っていく。

藪の中を一登りして稜線に出ると果たしてちゃんとした登山道があり道案内まで立っていた。「やはりな。」きちんと調べてから登ろうよ。

良く踏まれた道を一旦下って緩く登る。展望はない。再び下ると麓の龍潭寺からの道と合わさる。ここから登れぼってくればすぐだったのだ。そこから少し傾斜のある斜面を登っていくと佐和山城本丸址。本日のゴール。あっと言う間だったがいらぬ薮こぎをして汗は噴き出ている。他にも数人の方がみえたがみんな涼しい顔である。なんだかばつが悪い。

平坦で広い本丸址をウロウロする。南側に三角点があった。展望は所々ある。彦根城も眼下に見える。400年祭のものだろう、パレードの賑やかな音がしている。

空気が澄んでいれば北側に伊吹山も望めそうだが今日は靄がかかっていて見えない。そちらを見ていると外人さんに声を掛けられた。

Do you understand english?

だったと思う。思わず「ハイ」と答えたが日本語だった。つづいて北に見える白いタワーは何か?と聞かれたが

I don't know.

通じてるのか。なんとなく、にこにこして典型的なシャイな日本人になっている自分に気づき胸の内で苦笑。最後は、写真を撮ってくださいとのことでパチリ。よく写真を撮ってくださいとお願いされる質なのだが外人さんからは初めてだった。

広場に設置されているベンチに腰を下ろしてプシューッ!タイム。こんな山も良いよな、と彦根城とその周りを走る車を見ながらほのぼのとした時間を過ごす。ここを訪れる人も意外と多く、中にはこんな子達が、といううら若き女性のグループもあった。

城跡としての佐和山はこの本丸址広場が平らかで広々している以外はそれと分かる遺構はほとんどなさそうだ。登ってくる途中ところどころそれらしい平らかなところはあったがそれも竹林や雑木林に埋まっていた。関ヶ原合戦の後廃城になりその後麓の彦根城ができたのだからしょうがないか。しかし、この山城で三成は何を思っていたのか。島左近は…。

下山は龍潭寺側へ。アッと言う間に龍潭寺の境内にに着いた。そこには石田三成の胸像が建っておりその功績を讃えた銘板が埋め込まれていた。領民には名君として慕われていたのだ。

2006/11/05(Sun) 20:48:35  [No.4683]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:柳川洞吹

Tsutomuさん こんばんは

こういう、古跡を訪ね歩く旅もいいですね。
佐和山城址は、興味のあるところです。

> 空気が澄んでいれば北側に伊吹山も望めそうだが今日は靄がかかっていて見えない。そちらを見ていると外人さんに声を掛けられた。
> Do you understand english?
> だったと思う。思わず「ハイ」と答えたが日本語だった。つづいて北に見える白いタワーは何か?と聞かれたが
> I don't know.

昔、ワシも奥美濃の蝿帽子嶺で、ニセ外人に声を掛けられました。
外)ハロー。
洞)オーケイ。
全く会話になってません。

> 城跡としての佐和山はこの本丸址広場が平らかで広々している以外はそれと分かる遺構はほとんどなさそうだ。登ってくる途中ところどころそれらしい平らかなところはあったがそれも竹林や雑木林に埋まっていた。

名神高速米原JCTのそばに、番場という古い町があります。
ちゃんと調べていないのでよくわかりませんが、
昔は宿場町だったのか、お寺もあるし門前町だったのか。
こちらも興味のあるところですね。

歴史を訪ねる旅、なかなかいいものです。

よい山旅を!
                                洞吹(どうすい)

2006/11/05(Sun) 21:13:42  [No.4684]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:Tsutomu  URL

洞吹さん こんばんは。

> こういう、古跡を訪ね歩く旅もいいですね。
> 佐和山城址は、興味のあるところです。

洞吹さんに刺激されての訪問です。本当は安土まで足を伸ばすつもりだったんですが。

> 昔、ワシも奥美濃の蝿帽子嶺で、ニセ外人に声を掛けられました。
> 外)ハロー。
> 洞)オーケイ。
> 全く会話になってません。

この話、3回目ですよ。
おかげさまで僕の場合、正真正銘の外人さんでした。たぶん、こちらの対応に呆れていたと思います。

> 名神高速米原JCTのそばに、番場という古い町があります。
> ちゃんと調べていないのでよくわかりませんが、
> 昔は宿場町だったのか、お寺もあるし門前町だったのか。
> こちらも興味のあるところですね。

この辺りはいろいろ歴史的なところがありそうでおもしろそうです。城跡多いですしね。また新しい情報ありましたらお教え下さい。

           Tsutomu

2006/11/05(Sun) 21:43:17  [No.4686]


Re: 戦国シリーズ/佐和山 (画像サイズ: 600×450 48kB)

 10月16日(月)に佐和山城址へ行ってました。
私の場合、ついでに旧街道散策が入るので、ルートは;

彦根駅09:40-->10:00 R8トンネル西口-->10;30佐和山城址-->11:15鳥居本宿
--(中山道・摺針峠)-->13:00番場宿--(深坂道)-->14:50米原宿
--(北国街道)-->坂田(山内一豊と千代由緒の地)-->18:00長浜
でした。

> 五層の天守閣を持つその城は当時は有数の巨城であったようである。

 国道8号線が佐和山をトンネルで彦根側に抜けたところに、佐和山美術館という今は閉鎖している得体の知れないのがあって、そこにニセ佐和山城があります。山上からも見えたと思いますが。
この向かい側にCコースの案内図パネルがあり、そこを行きました。

> 10時頃、佐和山の東側にあたる鳥居本に着く。大手門はこちらにあったという
>から付近に登り口がないかとウロウロしたが分からない。

 山頂からこの大手門へ下る道はないか、ちょっと見てたけど相当なヤブコギになりそうなので止めました。

> 良く踏まれた道を一旦下って緩く登る。展望はない。再び下ると麓の龍潭寺から
>の道と合わさる。ここから登れぼってくればすぐだったのだ。

ここを龍潭寺からの道と反対側の鳥居本宿へ下りました。

>つづいて北に見える白いタワーは何か?と聞かれたが
> I don't know.

 このタワー(写真の左)、その後で摺針峠で地元の人に聴いたら、「富士テクノのエレベーターの試運転の塔」だといってた。
摺針峠は写真の右、採石場のガレのすぐ左側を旧中山道が越えるところです。

> 広場に設置されているベンチに腰を下ろしてプシューッ!タイム。こんな山も良い
>よな、と彦根城とその周りを走る車を見ながらほのぼのとした時間を過ごす。

 彦根城が間近に俯瞰できるというのもいいね。

> 城跡としての佐和山はこの本丸址広場が平らかで広々している以外はそれと分かる
>遺構はほとんどなさそうだ。登ってくる途中ところどころそれらしい平らかなところ
>はあったがそれも竹林や雑木林に埋まっていた。
>関ヶ原合戦の後廃城になりその後麓の彦根城ができたのだからしょうがないか。

 石垣の石は彦根城を築城するときに、徹底して持って行ってしまったらしい。
Cコース側には大石が2、3個だけ残っているところにわざわざその説明があった。

 ついでに、そのときに番場宿の人に聞いた情報。
「11月23日に『琵琶湖一周のろし駅伝』というイベントがある。琵琶湖周囲にある山城の城跡でのろしを上げて順次、リレー式に琵琶湖を一周する。番場宿の南にある鎌刃城跡でものろしをあげる。その日に山に上がったら、あちこちでのろしが見えるよ。
山の好きな人は醒ヶ井の松尾山から尾根づたいに鎌刃城跡へ来る人もいるよ。」
HPを探索したら下記にその記事があった。佐和山城も入っている。
http://www.biwa.ne.jp/~mine-izu/sub3.htm

2006/11/06(Mon) 01:03:40  [No.4698]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:Tsutomu  URL

テラさん、どうもです。

>  10月16日(月)に佐和山城址へ行ってました。

あらら、偶然ですね。きっかけは何だったんですか?

> 私の場合、ついでに旧街道散策が入るので、ルートは;
>
> 彦根駅09:40-->10:00 R8トンネル西口-->10;30佐和山城址-->11:15鳥居本宿
> --(中山道・摺針峠)-->13:00番場宿--(深坂道)-->14:50米原宿
> --(北国街道)-->坂田(山内一豊と千代由緒の地)-->18:00長浜
> でした。

充実した歴史散策ですね。さすがにここまでは考えもしなかった。

>  国道8号線が佐和山をトンネルで彦根側に抜けたところに、佐和山美術館という今は閉鎖している得体の知れないのがあって、そこにニセ佐和山城があります。山上からも見えたと思いますが。

帰りに見ました。なんじゃあれ?って感じで。印象が悪くなっちゃいそうな…。

> この向かい側にCコースの案内図パネルがあり、そこを行きました。

やはりその辺りにあったのですね。登り口。その辺りもウロウロしたのですが…。

>  山頂からこの大手門へ下る道はないか、ちょっと見てたけど相当なヤブコギになりそうなので止めました。

実際大手門はどの辺りにあったんでしょうかねぇ?

> ここを龍潭寺からの道と反対側の鳥居本宿へ下りました。

鳥居本の登り口はどこなんですか?

>  このタワー(写真の左)、その後で摺針峠で地元の人に聴いたら、「富士テクノのエレベーターの試運転の塔」だといってた。

そうだったのか。なんかの工場のタワーだとは分かったんですが。しかし、分かっていても外人さんには伝えられなかったでしょう。

>  彦根城が間近に俯瞰できるというのもいいね。

あれだけの城を見下ろすというのが良いですね。箱庭とかジオラマを見ているようで…。

>  石垣の石は彦根城を築城するときに、徹底して持って行ってしまったらしい。
> Cコース側には大石が2、3個だけ残っているところにわざわざその説明があった。

たぶんそんなことだろうと思いました。小谷城でさえ石垣が残っているのにここは何もないですもんね。徳川幕府は石田に繋がるものを徹底して消したかったのでしょうね。

>  ついでに、そのときに番場宿の人に聞いた情報。
> 「11月23日に『琵琶湖一周のろし駅伝』というイベントがある。琵琶湖周囲にある山城の城跡でのろしを上げて順次、リレー式に琵琶湖を一周する。番場宿の南にある鎌刃城跡でものろしをあげる。その日に山に上がったら、あちこちでのろしが見えるよ。
> 山の好きな人は醒ヶ井の松尾山から尾根づたいに鎌刃城跡へ来る人もいるよ。」
> HPを探索したら下記にその記事があった。佐和山城も入っている。

HP見ました。これおもしろそうですね。長比城はどこで狼煙あげるんだろう。そんな広場なかったような…。弥高寺跡をこえて大垣の方にも広がってくるとおもしろいのに。

               Tsutomu

2006/11/06(Mon) 22:20:17  [No.4718]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:ハリマオ  URL

  Tsutomuさん、こんばんは。
 なかなか渋い趣味をお持ちですね。話もタイムリーで日曜の晩にNHKで佐和山が小早川に焼かれましたね。

 私も世界一長い小説といわれる山岡荘八の「徳川家康」全26巻を読破しまして、歴史には興味あります。でもまだ山と結びつけるには至っておりません。老後の趣味にしようかなとも思いますが、先に頭がボケる可能性もあり予断を許しません。

 しかし作家というのは偉いもので、「あんた、見とったんか」と言いたくなるほどうまく話を作りますね。想像と史実を合体させて、うまいことストーリーを作ります。知らない人が読んだら全部本当かと思うでしょう。
 三成が地元では名君なのは当然でしょうね。敗れただけで、決して悪人ではないですからね。後の時代になりますが、あの悪役の吉良も地元では名君として今でも崇められています。作り話の影響は怖いわ。

2006/11/06(Mon) 19:38:58  [No.4708]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:Tsutomu  URL

ハリマオさん、こんばんは。

>  なかなか渋い趣味をお持ちですね。話もタイムリーで日曜の晩にNHKで佐和山が小早川に焼かれましたね。

佐和山城焼かれちゃったんですか?最近の大河見てないもんですみません。

>  私も世界一長い小説といわれる山岡荘八の「徳川家康」全26巻を読破しまして、歴史には興味あります。

さすがに読んでないですねぇ。読もうかな。多分読み終わるの2年後ぐらいになりそうだ。

> でもまだ山と結びつけるには至っておりません。老後の趣味にしようかなとも思いますが、先に頭がボケる可能性もあり予断を許しません。

たまたま佐和山が山だったので結びついただけですね。でも、知っている歴史に登場してくる山には興味はあります。

>  しかし作家というのは偉いもので、「あんた、見とったんか」と言いたくなるほどうまく話を作りますね。想像と史実を合体させて、うまいことストーリーを作ります。知らない人が読んだら全部本当かと思うでしょう。

読む人はほとんど知らない人なのでほとんどの人は本当と思っているでしょうね。

>  三成が地元では名君なのは当然でしょうね。敗れただけで、決して悪人ではないですからね。

徳川幕府が悪人に仕立てたようですね。名誉回復したのは近代になってからのようです。為政者が語る歴史にはよくあることのようです。秀吉も末期は余りよくいわれてないですもんね。だから、徳川がこれにかわって世の中を良くした…。

> 後の時代になりますが、あの悪役の吉良も地元では名君として今でも崇められています。作り話の影響は怖いわ。

ある意味、ある人が語る歴史というものは作り話ですね。一方にとって悪も一方にとっては善。今の世の中にもあることですね。どの基準に立って語るかですね。

              Tsutomu

2006/11/06(Mon) 22:50:15  [No.4722]


Tsutomu さん おはようサンです

> 司馬遼太郎の「関ヶ原」を読み終えたときから気になっていた「佐和山」へ登ってきた。

関が原がマダマダ引っ掛かってるんですな、「関が原」読みかけて読めなかった。

> 「佐和山城」、天下分け目の関ヶ原合戦、一方の将、石田三成の居城である。
> 「三成に過ぎたるものが二つある、島左近と佐和山の城」といわれた城である。

レポは集約されて読みよい、またまた勉強になりますです(^^)
過ぎたるものか・・・過ぎたるは及ばざる如しですか

> 佐和山の東側にあたる鳥居本に着く。
> 諦めて彦根側に回る。すると、そこには寺院やら神社がならび、

鳥居本はなんどか通った道、街道ぞいも歩いた緑が住む町並みに良く似てる。

> 藪の中を一登りして稜線に出ると果たしてちゃんとした登山道があり道案内まで立っていた。
> 良く踏まれた道を一旦下って緩く登る。展望はない。再び下ると麓の龍潭寺からの道と合わさる。
> そこから少し傾斜のある斜面を登っていくと佐和山城本丸址。
> 平坦で広い本丸址をウロウロする。南側に三角点があった。展望は所々ある。彦根城も眼下に見える。

湖東の地は歴史に薀蓄ある方には、楽しい散策のコース取りができますね。
その一端を覗きました、相応しい人を誘って訪ねてみます。

> 下山は龍潭寺側へ。アッと言う間に龍潭寺の境内にに着いた。
> そこには石田三成の胸像が建っておりその功績を讃えた銘板が埋め込まれていた。
> 領民には名君として慕われていたのだ。

時代時代が名君を生むのでしょうね、古城 つわものどもの 夢の跡か

                  緑水

2006/11/07(Tue) 08:51:02  [No.4733]


  Re: 戦国シリーズ/佐和山 投稿者:Tsutomu  URL

緑水さん、こんばんは。

> 関が原がマダマダ引っ掛かってるんですな、「関が原」読みかけて読めなかった。

身体が悲鳴をあげているときはこういう散策に当てています。
緑水さんが南宮山から関ヶ原を歩かれている頃に「本を読んでいるが数ページしか進まない」と書いてみえたの読んで「ひょっとして『関ヶ原』かな?」と思っていたんです。それで僕も読み始めました。時間かかったけどなんとか読破できました。

> レポは集約されて読みよい、またまた勉強になりますです(^^)
> 過ぎたるものか・・・過ぎたるは及ばざる如しですか

及びませんでしたね。しかし、何故、島左近とか大谷吉継のような名将が三成に死を賭して味方したのか不思議です。

> 鳥居本はなんどか通った道、街道ぞいも歩いた緑が住む町並みに良く似てる。

良いところにお住みのようで。

> 湖東の地は歴史に薀蓄ある方には、楽しい散策のコース取りができますね。
> その一端を覗きました、相応しい人を誘って訪ねてみます。

いつもやってる山歩きとはまた違った味わいがあって楽しいです。湖東はまだまだ訪ねるべきところが沢山あります。

> 時代時代が名君を生むのでしょうね、古城 つわものどもの 夢の跡か

山頂には「武士(もののふ)の夢 佐和山」と書かれたパネルが立っていました。まさに夢の跡です。

                 Tsutomu            

2006/11/07(Tue) 19:54:48  [No.4734]


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